義仲の右筆(うひつ)だった西仏
4月10日(日)NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(第14回)にて、木曽の義仲が、都から平家を追い出しました。しかし、後白河法皇の策略によって、義仲と同盟関係にある源頼朝は、源義経に義仲を討つべく京に向かわせることで終わりました。
さて、この木曽の義仲の
右筆(うひつ)だったのが
西仏坊覚明(さいぶつぼうかくみょう)です。この方は、義仲が討たれると比叡山に逃げ、のちに法然、親鸞と出会うことになります。
本願寺の言い伝えでは、西仏房は親鸞より16歳も年上ですが、親鸞の弟子として関東地域で親鸞と熱心に活動していたそうです。
親鸞聖人伝絵では、1201年、親鸞が法然上人に弟子入りするときにいっしょに付き添っている場面が描かれています。
また、この本願寺の絵伝の原画は、この西仏房の孫と言われる浄賀が描いたとされ、西仏と親鸞の深い関係がうかがえます。
なお、ドラマは1183年の年、当時親鸞は10歳(数えでは11歳)で、比叡山の僧侶である
慈円のもとにおりました。幼い目で、平家の没落、都での混乱を見つめることになるのです。